2018.06.13 Wednesday

turret clock の修復録 (プロローグ)

0

    長い間、 国内外を問わず古時計の修理修復に携わったつもりでも、この世には
    無限の機種が存在することに気付き「時計の奥深さ」に驚かされ自分の未熟さ
    を思い知らされています。
    多種多岐にわたる中でも、私には「男の夢」のと言うべき憧れの巨大で重厚な
    時計があります。それは、、、、

    2017年1月テレビ東京系列の番組デュレクターから、欧州のブルガリアに
    出かけてコルテン村の公民館にある時計塔の時計や分銅式掛け時計とSEIKOフ
    ァイブ腕時計の出張修理をする出演依頼がありまして、、、、

     

     

    1963年ある物理の教師によって改造さられたコルテン村の時計塔

    資料を拝見したら時計塔の時計は余りにも巨大、私の全く未経験ゾーンで触れた
    り見た事もない門外漢では自信が持つてず、不本意ながら出演を断りをしました。
    後悔しても後の祭りとばかり、勉強不足を解消すべくリサーチを開始。

    150年も前にあった工業技術の高さを見せつけられ驚きの連続で、手作りの特
    注品にも関わらず機種の多さ、構造的はすでに完成の域に達して、今日の時計は
    その原理を継承して小型化を計った過ぎないと悟りました。


    私の好奇心を満たす塔時計とは、
    砲台時計
    Turret clock
    Church clock
    Tower clock
    Turmuhrwerk 
    Horologium 
    とも称され、時計台に設置され、すべての方向に時間を示すために2つ以上の大き
    な文字盤をもつ時計です。

    2017年4月、ドイツ語圏内にあるオークションに、オーストリアの時計職人が
    出品した黒く錆びた基盤と歯車、まさに鉄くずのTURRET CLOCK を偶然見つけ
    ました。イベントでデモンストレーションしたと言っても、完動品だとする保証も
    なく、高価格を見て落札を諦め望観するしかありません。

     

    最悪なのは、「日本には売りません」と宣言しているから拉致が悪い。

     

    説明
    時計作業の準備ができました。 (硬材フレーム150cm)高さ40cm、振り子の長
    さは約136cm。 フレームグレー鋳鉄、ハンマー、打撃真鍮、ベアリングベルトと
    レバー機構を鍛造。 おそらく19世紀の最後の3分の1にK.Fによって修理されたで
    しょう。 Porth、Speyer、Germany、Knobloch、Alzey、1925の碑文; オリジ
    ナルのエレベータクランク、麻のケーブルと2つの偏向プーリーを備えた2つの鍛
    鉄ウェイト(8Kg/12Kg)、全重  80kg。
     マシーンは慎重にクリーンアップされ、振り子シャフトと振り子玉(8Kg)は再
    加工されました。 近年、公的なイベントでも問題のないデモンストレーションビ
    ジネスをした。
     



    ところが、3度目の再々出品にも関わらず全く入札なしに業を煮やしたのか、1
    0%の値引きをし始めた。動くかどうか心許ない時計を活かす気概を持って落札
    する決心までに、ためらうも迷いを振り払うある意味での賭けでした。

    第一歩は、日本に発送を可能となる交渉で、例え言語が違っても物欲とお金が絡
    むと、真剣に成らざる応得ません。

    ところが、売主は私と直接取引をしたいと突然オークションを中止して送金の手
    立てが不能となりました。以後、スタンスの違いを乗り越えた交渉の結果、国際
    的に信用あるシンガポールの送金業社を介してのへカード支払(保険含む)いと
    なりました。

    決済を確認できたものの、直後一週間も音信普通だったり、不明なディティルー
    の確認や発送日や船荷証券(B/L)番号・到着予定の問いに曖昧な返事で無駄な
    時間を費やすばかりです。
    気がつくと支払から一ヶ月となり遂に業を煮やし、安全対策として送金業社に異
    議とクレーム(問題解決センターは上海)を申し立てたのは言うまでもありませ
    ん。
    同社規定では、送金後40日経過したら、クレームを請求する権利を失い以後は
    売主の意のままになるとか。

    この時点で、支払代金は送金業社によって商品の無事到着が確認されるまで一時
    停止される処置をした。取引額が高額・レスポンスの少なさの点で、即異議から
    即、クレーム段階へとエスカレートし、荷物の到着を確認するまでは、カード決
    済を一時停止、私と共同で運送船の航路状況私と連携で運送船名監視体制を解か
    ないで売り手の動向を見守る事になりました。

    船荷証券(B/L)番号や船名が知らされてた時は、香港沖をゆっくり運航してい
    るのを確認、後はライブで船の位置を逐一ネットで見守りました。


    8月末に送金、オーストリアからハンブルグへ陸送、10月ハンブル港から出航
    10月末に釜山港(国際的ハブ港)、11月初旬にようやく金沢港に入港しまし
    た。ハンブルグから小さな金沢港に直行海運する航路がなく、どうしても釜山経
    由となってしまうらしい。

    ハンブルグの海運業社、韓国の海運業社(支社は福岡)金沢港の通関業者、資金
    移動業者(国際的送金業社)との共同で貨物船の追跡監視等、オーストリア・ハ
    ンブルグ・上海・シンガポール・福岡等関連会社とのコンタクトは十数回に及び
    ました。

    最後の難関、入港後の通関手続き用所定の書類提出
    1、Bill of Lading (船証券・貨物の引き受けを証明書)
    2、Commercial Invoice (貨物の送り状)
    3、Packing list (貨物の中身を示す梱包明細)
    4、商品詳細が分かる資料や写真など
    5、Arrival Notice (貨物の到着案内)

    入港時の諸経費と通関手数料・関税支払いと遂に輸入許可通知証・倉庫主現場ー
    荷物検査書・消費税地方諸費税の領収書が発行され、これで完全に私に所有とな
    り、代金は彼の元に送金されたのは言うまでもありません。

     

     

    案の定、荷台パレットが壊れた唖然、黒く錆びた基盤と湾曲した歯車軸、軸受

    け部品・歯こぼれ・小さな歯車・座金の散逸等、まさに鉄くず状態でした。

    稼働する気配が全く感じられず、時計から『お前に、俺を直せるのか?」と言

    う声が聞こえました。

     

     

    想像以上の経費と時間を負担する破目に会いましが、外国人との交渉は丁々発止
    と波乱に満ちた取引は、忍耐ばかりで個人輸入はもうこりごりです。

     

    2018.05.12 Saturday

    匠 亞陀がボトルラベルになりました。

    0

       

      平成29年4月1日第73回現代美術展の洋画部門で、私の友人である
      大丸七代画伯が匠亞陀をモデルにした作品「時を刻む」が美術文化大賞
      を受賞し、金沢21世紀美術館に4月16日まで展示されました。

             右は大丸七代画伯(日展会友・光風会会員)

      わたしは仕事の途中に何度もポーズを取らされた上に写真を撮られ、中断
      した事は数回に及び、モデルも楽じゃなかったです!

      地元、北國新聞の論評には「作業が一息ついたのだろうか。パイプを手に
      腰掛け思いにふける。優しいまなざし、ごつごつした手、静かなたたずま
      いに、人となりが浮かぶ。
      近所に住む幼なじみの時計職人、井上悦朗さん(匠 亞陀)の仕事に向き
      合う誠実な姿勢に惹かれて描いた。」
      「時には誰にも平等に刻まれる。見る人がそれぞれ’に思いを重ねてほしい」
      と具体的な描写は極力しなかった」

       

      これは飽くまでもたてまえで、私ははパイプは吸わないしポーズを取らされただけ!

      手はすべすべだし、口がずは多くて誠実とは些かオーバな表現で、記者の見識を疑い

      ます!


      その後、この芸術作品は2018年1月18日から19日に開催されました
      世界初となる芸術の祭典『智慧と芸術の女神アテナ・オリーブ・アートラベ
      ル展』(日伊芸術文化教育実行委員会・主催)を通じてアートラベルとして
      起用、日伊オリーブ・アートラベル・ドナッテラ特別金賞を受賞して偉業を
      讃えられファイリングしたアートラベルをマッセリア・モナケ社にて収蔵さ
      れました。

       

      その、オリーブ油が入ったボトルが漸く届き、対面しました。

       

       

       

       

       

       

       

      平成30年4月1日 今年もモデルをさせられました。
      石川県立美術館にて。

       

      2018.02.25 Sunday

      名古屋時計製造所・ドームガラス時計(別称・男根時計)修復

      0

        工房 亞陀に展示してあります名古屋時計製製造所製ドームガラス時計

        (別称・男根時計)をご覧になられた方が、後日、収集癖が嵩じたらし

        く結果、数年間探し求め漸く見つけられました。

        断面が半円形のドームガラスに接触しないようと独特の振り子(男根形)

        や干支、擬宝珠を復元頂きました過程をまとめてみました。

         

        最後に映像を添付してあります。

        届いた時は、金彩ガラス絵が黒く変色以外、ご覧のようにオリジナルとは

        いえ干支や分針、振り子は不似合いな物に代えられて擬宝珠も抜けていま

        した。

        上下ガラス枠の蝶番取り付け部分が弱くて閉まり具合は最悪、特にドーム

        ガラス枠蝶番はネジ穴が甘くて二度くらい穴位置が変えら開閉が困難です。

        早速、生気を取り戻しべく、手持ちの資料や材料をスタンバイさせ
        然るべき対処をはじめました。

         

         

        干支は以前にキャドで書いた在庫がありますが、問題はニッケル合金にクロ

        ームメッキをした男根型の中空振り子です。オリジナルに用いられたと思わ

        れる絞りスピニング加工(へら押し加工)とも呼ばれる平面状あるいは、円

        筒状の金属板を回転させながらへらと呼ばれる棒を押し当てて少しずつ変形

        させる塑性加工を依頼する方法も選択肢の一つですが加工費が高価なので不

        安が脳裏をかすめます。


        しからば、本家をシリコンゴムで型取りしてFRP樹脂で整形をシュミレーシ

        ョンしましたが、中空にする中子(中型枠)を作り厚さを1ミリで仕上げる

        のも至難の技だし、、、、、

        色々考えた挙句、いつものロクロで木材を上下分けて挽き、銀箔を押して古

        色仕上げをするとしました。
        オリジナルと同じ重さにするには、木材では軽すぎるため内部に錘を入れて

        重さを合わせば解決です!
        心棒は鉄に銀箔を押してこちらも古色にし、最後はガングラックで黒錆を発

        生させると本物以上の出来となりますでしょうか?

         

         

         

         

        本物と自作品を並べてみました。​

         

         

         

        機械は過去に一回オーバーホールした形跡を残すも、振りベラ薄バネは無残にも一

        回転捻ってありました。

         

         

         

        在庫品との揃い踏みです。

         

         

        実は、名古屋時計製製造所製ドームガラス時計はもう一種類ありまして、ご存知

        アンティーク時計専門誌「古時計図鑑・武笠幸雄著」の2ぺージ下に記載されて

        います。東京駒場の日本民芸館に展示下あったとか。

        風たよりでは、関東のコレクターの手に渡ったと聞いています。


        数年前、e-bayオークションにこの時計がドームガラス挿入部分に平ガラスを入れ

        た不可思議な状態で出品され、これを私が逆輸入しました。上宮はない、機械室に

        は数枚の歯車がケースの中で転る定まりのジャンクでした。

         

         

         

         

        宮製作や大きめのドームガラスの特注等、リメークの道に終止符がなさそうです。

         

         

         

         

        動態映像をご覧ただけます。
           

         

        2018.01.27 Saturday

        精工舎『『ベルリン クラブ 3』

        0

          精工舎『『ベルリン クラブ 3』

           

          KN氏からご依頼がありました、旧タイプ黒柿突板材ベルリンの上宮に使用し

          ます貴重な黒柿を揃えてみました。中でも、柱の厚材を無垢するのは難しく

          従来通り1から2ミリの黒柿突き板を張り合わせ(台座も含め)ました。

          部材を単なる接着剤を塗るのでは余りも芸がなく、隠しダボ(小さな丸棒)

          を多用して見えない所に強度を増します。


          トップの彫刻飾りは本家のように桂を黒漆仕上げとする予定でしたが、16

          ミリ厚黒柿を用いて彫るのも一興です。さていかに!
          女神バック板は左右柱にスリットを掘って上からアーチ板と重ねて上から差

          し込みます。6本のテラス支柱中心に穴を開け、算盤のようにダボを立てて

          差し込みます。この支柱を触れば回転するのは本家と同じしかけとなります。

          この支柱も思い切って黒柿に凝理ました。


          擬宝珠も黒柿で作った事がありますが、太い黒柿材はそうもなく前後に張り

          合わせて作ったものです。しかし、今回は肝心の材が無いので遠慮します。

           

           

          黒柿のテラス柱は算盤のように回転します。径3ミリの竹ひご釘を芯にした木組

          みで構築できました。ここまで黒柿に拘りますと、勿論上宮彫刻も黒柿としまし

          た。

           

          ベルリン黒柿上宮と木組み

           

           

           

          不似合いな後作だったガラス枠左下柱飾りや、下框も黒柿に

          統一しました。

           

           

          テラスの三角飾り板はいずれも(5MM)薄くて、釘打ち穴から

          割れています。これを防ぐため敢えて黒柿厚板を使い、裏に添え

          木で補強してあります

           

           

           

           

           

          KN氏 談

           

          ベルリン無事到着いたしました。ありがとうございます。

          ただの箱だけの時計が本来の姿をとりもどし、こんなにも立派な時計

          だったのかと

          妻も娘もビックリ仰天です。  ざまあ見ろです。

          只今、座敷の壁に掛かりゆっくりと振り子が動き出しています。

          立派なベルリンの雄姿に修復してくださり、心から感謝申し上げます。 

           

          2018.01.11 Thursday

          精工舎『ベルリン クラブ 2』

          0

            ベルリンはヴィエンナーのいいとこ取りのデザオンとしても、国産

            では威風堂々と他を圧巻して他を圧倒し、私の好きな時計の一つです。

             

            今回も幸運に恵まれ、オリジナル上宮一式を二台もお預かりできた機会

            に、細密な計測と相違点の検証を行い、よりオリジナルに限りなく近い

            資料を得られました。

             

             

            上  K氏 桂材(後期モデル)、下 Y氏 黒柿突き板材(前期モデル)

             

             

            別個体による実機検証は贅沢な試みです。
            とくに本家で失われやすいパーツは資料蓄積の観点から見ても大変重要です。

             

            1、女神の顔立ちの違い。

            2、テラスと女神額の接合を強化するための三角形装飾に線彫の有無がある。

            3、上部花びら彫りが異なる

            4、唐草彫りの渦巻きの形が異なる

            5、テラスの飾り柱はY氏黒柿スタイルは回転するが、K氏桂材は接着固定し

              ている

            6、唐草彫り飾りは若干前のめりに傾斜しているが、それぞれ傾斜角度が異

              なる。

            7、Y氏タイプに唐草彫り飾り背後に補強材がない。

             

             

            (( 女神レリーフ ))

             

            K氏前期型はやや日本風の円い趣、型押し粘土系の練り物でした。茶色塗

            料を塗って、表面がザラついています。

             

            裏面

             

            Y氏(前期)、鉛系の白色ぽい金属をプレスし、薄く黒漆を塗っている。

            明治の女性に似た痩せ型の顔立ちで、鼻筋が通り顎が尖っています。

            Y,Kいずれも鼻が低く西洋女神とは似ても似つかなく、どう見ても日本人の

            顔立ちです

             

            お二人の女神を取り外し、シリコンゴムで型を取り、FRP樹脂でレプリカを

            作り原型を比べれば違いが認識できます。お二人にはそれぞれ違う古色仕上

            げをした女神のレプリカを進呈しました。

             

                左  Y氏、           右   K氏 

             

            K氏(右)やや小ぶりです。

             

            なぜ顔立ちが違う理由として、何かのタイミングで型押しの型が劣化しての

            で、前モデルを元に作り直したのではないでしょうか。


            テラスの上に薄板三角飾りの中心に小さな三角形を彫り込んでありますがY

            氏にはありますがK氏はなぜか省略してあります。

            この薄板飾りは本来は縦横に細い釘で止められ、接着剤は使われていません。
            横方向の釘は渦巻き付近あり、この部分が破れやすい原因がお分かりいただ

            けるかと。

             

            (( どちらが古い? ))

             

            Y氏を古いタイプと思ったのは、

            最初に添付して頂いた全体画像を詳細に検証できた。

            旧家で昔から所有していた。

            上宮に付着した煤、・日焼けや塗装の乾燥劣化よるひびの貫入(インクルージョン)

            具合から判断しました。

            Y氏の上宮を横から見ると、桂材の表面に薄いツキ板が貼られています。
            遠目で見ると黒斑が見え隠れ、トラ目石のような縞目トラ斑や表面の
            木目や繊維からどうも黒柿のツキ板を貼ったようです。Y氏にお伝えするまで

            は黒柿とは気付かないくらい表は経年劣化していました。



            K氏談
            私は長年座敷時計の研究をしていますが、未だに解らないことばかりです。
            実機検証を旨としておりますが、個体差ともなると手に負えません。
            ベルリンの初期型と後期型ではかなりの違いがあるようで、主要機種の一つ

            で製造数が多かったせいか個体差があります。
            精工舎には木工部なる部署が存在しており、箱は自前で作成していたと資料

            にあります。
            ただし、精工舎が製造していた柱時計すべてが自社製との記述がある資料は

            確認しておりません。私の推測では座敷時計の箱は自前で制作していたと考

            えています。ちなみに戦後は外注になったようです。

             


            座敷時計の歴史が明治43年(1910年)ですから最初期型は106年経

            過した計算になります。歴史の重みを感じると同時に火事や震災、戦争をく

            ぐりぬけ我々の目の前に残っている奇跡すら感じます。同窓会を行なえるこ

            と自体奇跡といっても過言ではありませぬ。

            ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

             

            また、両機の上宮三角飾りの頭の渦巻きが無くなっている物かあり、こ

            れらもこの際、心機一転しましょうよ!
            いずれも、経年劣化材では断面を見えなくするよりも、折れていた箇所

            を修復した痕跡を残せば、却ってベルリンの歴史感が出て味わいが出る

            のもいいかかなぁと思いちょいと試してみます。

             

             

            (( 前後半分に切断された擬宝珠が常態化 ))

             

            ドイツ創成期の時計に付けられた下宮センター擬宝珠は半分ではなくろくろ

            で挽いた一本をそのまま使っていました。大量生産で好評を判した某メーカ

            が半分使用を規格化し、簡略化が一般的になりました。極薄ノコギリで半分

            に切っで余った部分も他に流量できて経済的?効率的にもベストかと!

            その時代ではレンツキルヒが代表的で下宮箱底辺も正方形で、擬宝珠も押し

            並べて小ぶりで粋な品がありました。


            大量製品メーカーは大ぶりの半分デザインとなり、薄ぺらくて横目で見ると背

            面はスパッと切り落とされ味も素っ気もありません。

             

             

             (( K氏 ベルリン修復完成 ))

             

            テラス飾りの三角形彫りは原型を勝手にいじるのは、尊厳を傷つける悪

            趣味であります。従って、欠けた両渦巻き部だけを修復しました。

            下中ギボウシほぞ替え、ガラス扉しまり具合見、下宮箱固定

            擬宝珠4個、擦り傷等補色

             

             

             

             

            ベルリンの修復を機にK、Y氏が互いの時計に対する共通認識で親交を結んで

            る最中、Y邸にK氏が訪問し、時計談義に花が咲いたとご連絡をいただきました。

             

             

             

            (( ビートスケール ))

             

            Y氏 談

             

            ビートスケールについて、最近考えることがあります:
            ビートスケールの使い方について、最初は単に時計を掛ける時に中心を合わせ

            るためと考えていましたが、実はもっと奥が深いのではないかと思います。


            静止状態の振り子の中心が必ずしも時計の中心に位置するとは限らず、また時

            計を確実に床から垂直に掛けるためのもの(その役割もある程度、担っていると

            思いますが)とも違うのではないか、と感じています:


            ある時計士さんから教えて頂いたのは、振り子のセコンド音が等間隔でチクタ

            クと振るように時計の位置(左右のバランス)を調整するということでした。

            すると、振り子の静止状態が必ずしもビートスケールの中心に位置するとは言

            えず(そうなる場合もあると思いますが)、その時計にとってベストな振り方(チ

            クタク音が等間隔になるように)がどの位置になるかを見定めるための目印とし

            て、ビートスケールの存在は欠かせない…と考えるようになりました。


            機械式時計の世界は奥が深く、知れば知るほど面白いと思います。
             

            ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

            K氏 談

             

            ビートスケールにつきまして少し補足説明させて頂きます。

            まず第一に国産時計で琺瑯製のパーツを自社製品に使用した国産メーカ
            ーは精

            工舎しかありません。琺瑯自体を自社生産したメーカーも同様です。


            琺瑯部品の製作は精工舎内でも苦心したようで、自社製品に使用されはじめた

            のは座敷時計が製作され始めた明治42年頃です。

            座敷時計が製作される前の明治41年以前の精工舎スリゲル時計製品群にも

            瑯部品が使用されていましたが、これは輸入部品だったようです。

            皆様もご存じのように、明治期はユンハンス等の機械のみ輸入され箱物は国産

            という組み合わせが主流でした。部品のみの輸入もそれなりにあったようです。


            座敷時計に琺瑯パーツが使用されたのは関東大震災で精工舎の工場が全壊する

            明治15年までです。それ以降の製品は金属製の文字盤、ビートスケールになり

            ました。


            私も当初は工場倒壊で工作機械が失われ琺瑯製作が困難となり使用できなくな

            ったと推定しておりました。

            しかし4面ガラスの置き時計など一部の製品には昭和以降も琺瑯文字盤が継続し

            て使用されていることから、柱時計に琺瑯部品が使用されなくなったのは当時

            のニーズによる好みや時流の流れであったと推測しています。


            ベルリンに使用されているあの金属製ビートスケールは精工舎独特のものです。
            あの部品がついていれば他がどう変わっていようと精工舎の製品と判別できま

            す。

            精工舎の製品で輸入琺瑯ビートスケールが使用されている製品は古く数が少な

            いことから、お目にかかる機会も非常に稀です。

             

            ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

            ビートスケールは基本的に裏板の中央に取り付けられています。外観から見て
            右寄りや左寄りだと不自然で様にはなりません。この段階はケースメーカーの
            作業となります。

            機械を取り付けるプレートは必ずしも中心とは限らす、傾いたものや左寄り右

            寄りは日常茶飯事で、特に国産の誤差は当たり前だと思って良いです。機械組

            み立て部の作業で、当時の取り付け精度の感覚や点検作業の曖昧さが見られま

            す。

            (大量生産メーカーのおごり現象)これが、振り子中心点とスケール中心が合

            わない要因です。


            この時点で時計を取り付けた時、干支が裏板中にあるとは限らず、また干支の

            上円弧がカラス枠の上アール(カーブ)と合うのは稀です。


            これに加え、ガラス枠の中心線とケースの中心線が合うのも稀でして、蝶番の

            取り付け位置が狂う事が殆どです。左右の側板とガラス枠側面が左右対称にズ

            レたり、重なり合うのは稀です。それほど、蝶番と取り付けるのは慣れないと

            非常に難しい。中には蝶番を使わず釘を上下から差し込んむパリ、上からは釘

            で打ち込む・下は蝶番で止めるヴァイオリン・ミニヴァイオリンケースなど職

            人泣かせもありました。


            ガラス枠を通して干支が中央線上になければ時計の品位を損ねてしまいます。
            どうしても、ガラス枠中心をシンメトリーとすると刷れば、ビートスケール0
            位置と振り子中心点がズレる訳がおわかりいただけるかと。あくまでも目安と
            思ってください。

            チクタク音(ビート音、駆動音、アンクルのかみ合い音)が左右同じなのは
            当然とする。振り子の振りの幅(アンクルとガンギ車のかみ合い深さ)は
            アンクルの磨耗とアンクル軸の磨耗やほぞ穴の拡大をある程度外見から推察
            可能となります。元論同じ機種でも経年変化や製造精度で微妙に異なり、こ

            れら全てはビート音を耳を側立てて聞けば、機械を取り外さなくても自ずと

            教えてくれます。

            ビートスケールは飽く迄も、はかりであります。また、時計は取り付け木ネ

            ジ中心点から伸ばした垂線とケース幅中心線が重なるとは限らず、ケースが

            傾いてもビート音が左右同じであれば一般的には正常となります。古時計に

            見られる癖です。

            ややこしいですが、振り子棒と振り子アームのスリット幅には遊びがありま

            してこの遊びによっては振り子棒との接触が均等にならない事もあり、例え

            ビート音が左右同じ聞こえなくとも、正常だと見なす時があります。スリッ

            ト幅が左右どちらかにすり減って広くなり、振り子棒との接触が均等になり

            ませんが、振り子の振り幅が十分であればこの不均衡を打ち消すことができ

            ます。

            振り子の振り幅は、アンクルとガンギ車のかみ合い深さを浅くすると短くな

            り、深くすると広くなります。このテクニックで時間調整ができます。
            短くすると速くなり、広くすると遅れます。

             

                                   続く、、、、

             

                               文責  匠 亞陀

             

             

            2017.12.29 Friday

            精工舎『『ベルリン クラブ』

            0

                精工舎『ベルリン クラブ』

               

              Y氏から黒柿突板(つきいた)ケースと思われる精工舎ベルリンの下宮に

              擬宝珠(左右2つと最下部1つ)復元のご依頼があり、カタログや画像デー

              ターから比例計算で求めたサイズを元に制作しました。

              気になるには、画像データーは撮影の角度の違いで正確度が低く、また後

              作が多くてオリジナルだと確認する術がないの唯一心残りでした。オリジ

              ナルの擬宝珠が残っていない理由は後ほど述べます。

               

               

              (( 擬宝珠の話 ))



              特にベルリンの擬宝珠のホゾ穴は一応に浅く掘られ、抜けやすいの事実で
              精工舎の他の機種よりも顕著で、掃除や運んだ時に簡単に脱落したようで

              す。屋根板や底板の厚みが薄くて深い穴を掘ることができないのが要因で

              す。

               

              下宮の擬宝珠を完全球体に帯をつけた仕上げるには、難しく苦労が想像さ

              れます。
              Jミニヴァイオリン上宮擬宝珠は球体に近く、時々注文で作る機会で完全球

              体は流石に綺麗でこの上なく見えます。しかし、ブスに近いものを何度も眺

              めていますと球体にも個性がありまして、楕円やイブツ、潰れたもの、細長

              いもの等、意外と味があって初めは醜いと思っていましたが、時が経つにつ

              れ本家のもつ規範性よりも奥深さを感じられ最近は好きになってきました。

               

              そんな折、K氏からあるアンティークショップで桂材ベルリン蔵出しを買っ

              たので上2個下2個のが欠品(中央はオリジナルと判断)しています擬宝

              珠製作のご依頼が舞い込みました。

               

              K氏はオリジナルの個体に拘ったコレクターで、私の言わば厳格な存在で極

              の緊張が走りました。そこで、渡に船とばかり先のY氏にオリジナルと思

              われる上宮一式をお貸しを願いした処、快くお聞きくださり見通しが就きま

              した。

               

              そんな折、KN氏から黒柿突板材ベルリンの上宮一式と下宮3つの擬宝珠の製

              作が重なり、工房には桂材と黒柿突板材のケースに加え、黒柿突板の上宮一

              式が揃い踏みしました。前回の小鷲同様に本家が揃うのは滅多になく、お互

              いのオリジナルを照らしK氏の博識と私の愚考を合わせればより、オリジナル

              に近づくと確信しました。

               

               

              核心となるY氏の擬宝珠を慎重に抜き、検証したら新発見がありました。
              ロクロ挽きの細工が細部まで丁寧で、細い段差が見事に挽かれ限りなく黒
              に近い焦茶色の塗りです。
              上部は埃を巻き込み硬化、下部は禿げた部分を補修した痕跡がありますが
              不鮮明な明治  年精工舎エッチングカタログと照らし合わせて、やはり

              本家と判断しました。ほぞの長さも非常に短い特徴も見えます。重さは経

              験で桂材よりやや重く感じられます。


              拡大図面に書き換えるよくわかります。これで、上宮左右擬宝珠と下宮中擬

              宝珠がオリジナルと判明、残すは下宮左右のみとなりました。

               

               

               

               

               

               

              下宮左右は抜けて散逸したのかオリジナルは八方探してもついに見つから

              ず仕舞いでした。カタログに穴が開くほど注視した結果、写生した時の視

              線が時計高さの半分とすれば、複雑な擬宝珠も角度によっては見えない部

              分があると考え、比例計算に頼らず立体的に読み取り、球体に帯を締めた

              擬宝珠が完成しました。

               

               

              K・Yがよりオリジナルに近づき、KN氏のモデルを全てが活かし荘厳な

              ベルリンに近づけば嬉しいかぎりです。

               

               

              (ベルリンクラブ会報)

               

              Y氏より

              ベルリンに関する興味深い対比の報告をありがとうございます。
              明治〜大正にかけて生産された掛け時計には謎が多く、特にケー
              スが

              いつ、どこで作られたか興味深い部分です。


              我が家の「ベルリン」は、祖父が子供の頃から「家にあった」と言わ

              れているものです。祖父の当時の家は樺太にありましたので、ベルリ

              ンは内地から樺太に運ばれたものと思われます。

               

              ベルリンは祖父が引き揚げの際、布団にくるんで後生大事に持ち帰った

              いきさつを父から聞きました。その折に擬宝珠三つが失われてしまった

              そうです。

               

              (父親は終戦当時、発電所の技士だったため一人取り残されて、数年後

              引き揚げています)

              ベルリンはその後、引き揚げ先の北海道H町にありましたが、父親の転居

              とともにに引っ越して現在に至っています。


              祖父は日本政府の政策によって樺太に渡り、酪農を営んでいましたが(父

              親は樺太で生まれています)、それでは、そもそもベルリンが何時、何処

              で購入され、樺太にあったのかについては、今となっては確認する術が

              ないようです。


              いずれにしても、私自身は物心ついた時からベルリンとともに過ごし、

              ベルリンの深いチャイム音を聞きながら育ちました。若い時は意識する

              ことはありませんでしたが、この歳になって戦前に生産された掛け時計

              に関心を持ち、若干のコレクションを始めたことは、不思議なご縁とい

              うか、先祖の血筋とでもいうものを感じております。


              ベルリンは、資料によると精工舎が「新型スリゲル」(座敷時計)として、

              文字板と振り子にほうろうを用いて、明治44年〜大正12年(関東大震災

              の年)に製造した掛け時計シリーズの一つで、値段が最も高く、最高ラン

              クのものだったことが分かります。
              また、その形状から、ヨーロッパの掛け時計を一生懸命コピーしようと

              した、当時の日本人の努力の跡が窺えます。
              最近気づいたのですが、ケースには、良く見ると黒い縞模様が入ってい

              るので、黒柿製と思われます。


              1800年代後半から1900年代初頭にかけては、フランス革命による自由

              と産業革命による機械化が世界的に進んだ時期で、時代に勢いがあっ

              たのだと思います。本当に興味が尽きません。

               

              注釈   ベルリンが樺太で購入されたものでも不思議ではありません。

                   南樺太は日露戦争後の明治38年から日本領となりましたか

                   ら、座敷時計の製造年と重なります。樺太は「外地」ではな

                   く「内地」扱いでした、関東の精工舎から時計が持ち込まれ

                   販売されていたと推定されます。

               

                   左近は中国人が黒柿材を買い漁っている事実が判明し、その価

                   値は市場でもうなぎ上りになり、中でも希少な珠杢や孔雀杢は

                   すっかり姿を消したようです。

              ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

              K氏より

              連続の詳細なる報告有り難うございます。

              本家オーナーさんのベルリンが自家製とは驚きました。
              私の知る限り、座敷時計を自家で代々引き継いでいる方は初めてお目にか

              かりました。しかも、樺太から引き揚げられたとは。

              実は私の父も戦前戦中と樺太で育ちで、幼少の時命からがらほぼ身一つに

              近い状態で本土に引き揚げてきた経験を聞いておりました。

              戦後の混乱期に柱時計のような大きな物は運び出すのはほぼ不可能であっ

              たと父は話しておりました、運の悪い引き揚げ船は戦後にも関わらず容赦

              なく沈められたそうです。

              ですので、Y氏のベルリンは戦前に樺太から持ち込まれたと思われます。
              今回依頼したベルリンは旧家に掛かっていた時計をそのまま蔵出したもの

              です。

               

              座敷時計誕生の背景を少し説明致します。

              当時、精工舎がぼんぼん時計の製造を始めた時期はすでに名古屋で時計製

              造が確立されたあとでした。当時名古屋は時計の製造会社が乱立して価格

              競争の激化が進みつつある時期でした。精工舎はあえて価格競争で対立す

              る道を避け、高級路線で生き残る道を模索したとのことです。

              そこで白羽の矢が立ったのがシュバルツシルトこと黒い森地方のユンハン

              スを代表する時計でした。

              ユンハンスを始めドイツの時計は明治期に相当数輸入されていましたが、

              国産メーカーが手本としたのはアメリカ製です。商品としてドイツの時計

              を高級時計としてコピーしたのもうなずけます。

              ただ、ご存じ精工舎は完全にコピーはしきれなかったようですね。ドイツ

              製にはない欠陥が精工舎の座敷時計にはあります。

              このあたりの背景は平野光雄著「精工舎史話」「服部金太郎翁覚書」にて

              記載されております。


              私も座敷時計の研究を長年進めて参りました。
              最近ようやく判明したことは、意匠登録された機種は座敷時計のなかでも

              であることです。

              これは、意匠公報を丹念に調べて検証した事実です。今と違いコピー品が

              容易に作られた時代において意匠登録はあまり意味がなかったのかと思わ

              れます。


              上部擬宝珠は完全に判明しましたね、本家の擬宝珠を検証できる機械を得

              ることができてオーナーさんには感謝します。

                                         文責 匠 亞陀

                     

                                     続く

               

              (記載に当たり、ベルリンクラブの皆さんから快くご了解いただいています。)

               

               

               

              2017.12.26 Tuesday

              時計塔のマシーン

              0

                 

                今年も一年ありがとうございました。明くる年もよろしくお願いいたします。

                皆様にとって、更なる飛躍的な年になりますよう祈念しています。
                 

                古時計に関わっている内に、男のロマンとばかり夢のような時計?と格闘中です。



                塗装は剥がれサビが蔓延、歯車軸はたわみ、ほぞ穴は拡大、カナピン車は磨り減り

                果たして稼働するか????

                 

                 

                部品はとても重くて、一人では分解や組み立ては大変苦労します。

                 

                 


                完成までの工程を順次アップの予定。


                ヨーロッパの都市によくられる高い塔にある4面時計のマシーン。

                1800年後期製、1925年にドイツの職人が修理、

                (タワークロック、またはturret clock)です。時方錘12Kg

                打方錘16Kg 、振り子長さ136Cm、振り子重さ8Kg、全重  80kg

                 

                8月末にオーストリアのturret clock職人から個人輸入しました。

                10月ハンブル港から出航10月末に釜山港、11月初旬にようやく

                金沢港に入港しました。その間のハンブルグの海運業社、韓国の海運業社

                金沢港の通関業者、資金移動業者paypalとの共同で貨物船の航行監視等、

                オーストリア・ハンブルグ・上海・シンガポールとの連絡は十数回に及びました。

                 

                個人輸入はもうこりごりです。

                 

                terret clock #1 をユーチューブにアップしました。

                 

                 

                 

                 

                2017.12.07 Thursday

                精工舎『小鷲』上宮と小鷲レプリカ製作

                0

                    精工舎『小鷲』上宮と小鷲レプリカ製作

                   

                  依頼は座敷時計「ライオン」の姉妹機で、希少な「小鷲」の上宮と

                  小鷲製作です。個体自体の絶対数が少なくては勝負に成らず、先ず

                  は資料収集から。。。

                  精工舎カタログ207号 小鷲

                   

                  鳥居龍次著「アンティーククロック図鑑」から

                   

                  緑青9号、広告ページから

                   

                  T氏のコレクション

                  T氏の小鷲拡大

                   

                   

                   

                  お預かりした上宮に私のドイツ製・レンツキルヒの小鷲を乗せてみました。

                   

                  レアな時計だけに画像を見るだけでも幸運な中、集まった資料を依頼主
                  と共にもに詳細に検証してみますと、精工舎カタログ207号は未発見
                  でしたが結果的に、数種類のモデルを確認しました。

                  私が所有するレンツキルヒの鷲と比べてもお判りのように、残念ながら
                  他は表面の凹凸が甘く細部が省略されています、嘴の尖りがなく羽や脚
                  が不完全で勢いがあまり感じられません。鷲たる鋭さのディティールが
                  失われ、安易にドイツ製モデルの外観を模倣したようです。これは私も
                  同じ失敗をした経験から断言出来ます。

                  お恥ずかしい話ですが、嘴や口元、眼元の鋭さ、羽の毛先、脚の爪はレ
                  ンツキルヒ作品を見て初めて判った次第です。

                  ご依頼主と相談で、カタログ207の小鷲以外にこれだけの後作真贋モ
                  デリングがあるとは不可思議な話で、製造時期のロット違いか、顔の左

                  右向き具合・翼の広げ幅具合に相違があります。
                  日本では鷹や鳶が身近な存在で絵画などでよく見かけますが、鷲は馴染
                  みが薄いせいか表現に反映されていないと結論付けました。

                  復元の方針は新たな個体を探すことは現実的でなくT氏モデルをベース
                  にして、細部のディテールは雰囲気が漂うレンツキルヒの仕様を参考に
                  するとしました。

                   

                   

                  <<複数デザインの謎>>

                  カタログ小鷲のサイズを比例計算して求めた数値を元にした彫っている
                  小鷲を、お預かりしている上宮に乗せた瞬間、衝撃が走りました。なん
                  と!翼の羽先に擬宝珠の頭に触れて全く使い物になりません。

                  カタログ207とT氏モデルはいずれも擬宝珠の高さが低いです。その訳
                  は下方のくびた部分の高さがあまりありません。


                   

                  ところが、お預かりした上宮の擬宝珠の高さが異常に高く、くびれた部分
                  はカタログ207より約1CM高くなっています。よく見ると、擬宝珠そ
                  のものがやや大きい事が問題です。207を模した鷲を置いたら左右の羽
                  先に擬宝珠ヘッドが当たるのが当然だとお気付きでしょうか?

                   

                   

                   

                  この小鷲も擬宝珠が高く、羽根幅が狭くて窮屈で弱々し鷲に見えます。

                  なぜこのような失態を精工舎がしてしましったか、原因は左右の波板柱
                  の上に擬宝珠を置く台座板を付けなかったミスが、我々を悩ませていま
                  いました。

                  擬宝珠の大きさや長さに異なる2種類があるとはなんともはや。道理で、
                  翼の先と擬宝珠頭の接触を避けるために数種類の小鷲が存在する理由が
                  お判りいただけましたか?

                   

                  ご依頼主から
                  ˜˜˜˜˜˜˜˜˜˜˜˜

                  カタログ207に記載されているのはショートタイプですね、こちらが
                  スタンダードなのでしょう。白黒写真はアンティーククロック図鑑は、
                  お預かりした個体と同じロングタイプですね。恐らくどれも本家の擬宝
                  珠で間違いないと思います。
                  おなじみ緑青9号の広告もロングタイプです。上に乗っている鷲の真贋
                  は不明ですが小さい感じがしますね。

                  小鷲が製作された最晩期の大正12年7月のカタログをみると、ショート
                  タイプです。
                  ロングタイプはどの時期に作成されたのか不明ですが、おそらくショー
                  トタイプのあとにロングタイプに変更しているのかと推測されます。ど
                  うもロング擬宝珠のほうが数が多く残っているようなので長く使われた
                  部品なのではないかと。
                  以上。
                  ˜˜˜˜˜˜˜˜˜˜
                  翼の羽根と脚の表現に細心のエネルギーを注ぎ込み、精工舎でもなくレ
                  ンツキルヒとも一味違う勇ましい木彫の小鷲が姿を現しました。

                   

                   

                  細かな彫りは、目止めの下地一号、下地と整えるサーフェイサーを塗
                  り重ねますと、塗料の厚みで凹凸が埋まり平面度が増して彫刻感が薄
                  れ、塑像感になってしまいました。
                  ひょっとすると、オリジナルの小鷲も原型は細かな彫刻だったような
                  き気がしてなりません。
                  型取りと途中で角が丸くなり、細い線が埋まって一見雑に見えてしま
                  ったのでしょう。

                   

                   

                   


                  自作した小鷲飾りが鎮座した上宮を、本体に乗せて完成と相成りま
                  した。


                   

                  羽先は多少短くなりましたが、威嚇するような鋭い眼光、今にもと
                  飛び出そうといきおいをつけて翼をひろげる瞬間の鷲が上段に登り
                  ました。鷲の貫禄で時計が非常に引き締まってみえます。

                   

                  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                  その最中、偶然に同じ「小鷲」の上宮と小鷲のご注文(外国から)が
                  重なり、希少な小鷲個体二台を比較できる機会を頂き、存分に見聞し
                  た報告です。
                   
                  写真は、左が外国からの個体(B)、右が前のご依頼個体(A)です。

                   

                   

                   

                   

                   

                  仝た目で解りますが塗りが違いますね。塗料が製作当時のものかは不明ですが、
                   Aの塗料は同時代の筋ガラスなどで使われているものと同じにみえます。
                  ∩澗里膨Δ蠅浅い感じです。
                  5縞珠や花ボタンはBがやや大きい。
                  と眩阿領哨團蕁爾錬舛呂笋篶体的。
                  ネ兀爐脇韻犬妨える。

                  こう言ってはなんですが、Bはやや野暮ったく見えます。

                  製品ロッドによる微妙な差異の多くを比較できました。
                  寸法はほぼ同じですが、上部のR曲線は微妙に違います。

                  B擬宝珠に関しては私は後作ではなく、オリジナルと見ています。
                  気になるのは、ビートスケールが大きすぎてケースとのバランスが
                  合わなく付けない方がベストだと思います。

                   

                  黒漆塗巻物時計の上宮に梅飾りと同じ物を使っている可能性があ

                  ります。

                  ケース作りは釘打ちの多様、木組みの幼稚さが目立ちます。内部

                  底板角には三角柱の添え木に斜めに釘打ち、底板から下宮も釘打

                  ちです。その当時から大量生産作業短縮が外見からも一目瞭然で

                  す。

                   

                  <小鷲レプリカ製作>

                  B氏の小鷲は、自作木彫の小鷲を型としてシリコンバリア液を塗り、シ
                  リコーンゴムが付着しなくて、型が剥がれやすくする前処置をします。
                  型より大きい型枠をブロックで組み立てた枠の底に、あぶら粘土を敷

                  き詰めその上に型を置きます。
                  表面が埋まるように隙間に粘土を敷き詰め、表面を出来るだけ平たく
                  しあげます。

                  四隅にガイド柱を立て、足元ブロックに注ぎ口と空気抜き穴用に丸棒を
                  固定します。そのうえに、シリコーンゴムを空気や気泡が入らないよう
                  注意しながら優しく流し込みしこみ下型を作ります。


                  ゴムが乾いたら、ブロックを裏返し粘土を取り、型とシリコーンゴム面
                  を再度綺麗にしてバリア液を其々にぬりシリコーンゴム流し込み、上型
                  を作ります。

                   

                   

                  百聞は一見に然り、ユーチューブにアップした型取り出し映像をご覧ください。

                   

                   

                   

                              文責    匠 亞陀       2017、12、07
                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  2017.10.18 Wednesday

                  尺時計 波板式黒漆塗り金泥文字板

                  0

                    尺時計 波板式黒漆塗り金泥文字板(文末に映像あり


                    明治6年一月一日以前は不定時法を用い、日の出かの時刻と

                    日没の時刻とを決め、の出から日没までを昼とし日没から日

                    の出までを夜として、昼・夜の長さを6等分したものを1刻

                    としました。従って一年中昼夜の長さの違い、一刻の違いも

                    あり、当然季節(24節気)の違いでに昼夜の長さに違いが

                    あります。


                    その違いを修正するには時刻を表示する駒を位置を節気ごと

                    に手動で変える必要が生じました。


                    そこで、尺時計の時刻を表示する駒を上下移動できる文字板

                    と、横線が波状に書いてある板式文字板上で時刻を表示する

                    駒を、水平移動して24節気を選べる波板式文字板が生まれ

                    ました。

                     

                    今回登場の漆塗り波板式金文字板を修理した機会に尺時計を

                    ご紹介します。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    十一中    冬至     12月22日
                    十 十一節  立冬  大雪  11月 7日  12月27日
                    十 十二中  小雪   大寒  11月22日   1月20日
                    正  十節  立春 立冬     2月 4日   11月7日
                    正  九中  雨水   霜降   2月18日  10月23日
                    二  九節  啓蟄   寒露   3月 5日  10月 8日
                    二  八中  春分   秋分   3月20日   9月23日 
                    三  八節  清明   白露   4月 4日   9月 7日 
                    三  七中  穀雨   処暑   4月20日   8月23日
                    四  七節  立夏   立秋   5月 5日   8月 7日
                    四  六中  小満   大暑     5月21日   7月23日
                    五  六節  芒種   小暑   6月 5日   7月 7日
                    五   中  夏至      6月21日   


                    左端縦に
                    六(暮れムツ・午後六時)に始まって、五・四・
                    九(ここのつ・夜中12時)・八・七・六(明けムツ・午前6時)
                    五・四・九(正午12時)八・七・六(暮れムツ・午後六時)

                    右端縦に
                    酉(トリ・午後6時))・戌(イヌ)・ 亥(イノシシ)・子

                    (ネズミ・夜中12時)・丑(ウシ)・寅(トラ)・卯(ウサギ

                    ・午前六時)・辰(タツ)・巳(ヘビ)・午(ウマ・正午12時)・
                    未(ヒツジ)・申(サル)・酉(トリ・午後6時)

                    錘から伸びたアームに取り付けられた駒を縦線の節気に合わせスラ

                    イドします。

                    本体を覆う桜材の硝子箱は本来は簡単に取り外せる物ですが、この
                    尺は箱はケースと一体化され、機械の調整はその都度に、ケースから
                    ネジを緩めて機械を外す煩雑な作業となります。

                     

                        


                     

                    2017.10.15 Sunday

                    ドイツ製・1730年 黒い森の木のクロック

                    0

                      ドイツ製・1850年 黒い森の木のクロック(文末に映像)

                       

                      古時計に携わっている者として、できるだけoldに固執するスタ

                      ンスに立ち、今回はドイツの時計発祥の土地である、長いて退

                      屈な冬の夜、黒い森の疑惑、決してロマンとは程遠いブラック

                      フォーレスト地方(ドイツとフランス国境に広がる森林地帯)

                      で1730年頃に小さなワークショップ作られたウッディーク

                      ロックに注目しました。

                       

                      一見、鎖引きの鳩時計に似た物です。でも側面の小窓を開ける

                      と見慣れたこれまの機械とは違い、木の板の間に歯車が並び、

                      中世のような面影を感じさせる不思議な仕掛けがあります。

                       

                      早速ドイツのオークションに注目して、ネットサーフィンの挙句、
                      数種類のどこの馬の骨とも判らないジャンクを研究のためと格安
                      で落札しました。流石にこれだけ古いと埃や汚れ、部品の磨耗、
                      壊れた部品など見るも無残な醜態を晒していました。恐る恐る触
                      れている内に結構楽しめ、結果的によい勉強ができた気がします。

                       

                       

                      ワークショップは木材職人と時計職人に見習いだけの小さな工房

                      で、最初の木製時計を作成したのが出発点でした。

                       

                      木材が安く加工が、金属よりも処理が簡単、当時の金属加工は経費
                      的に負担がかかる。そんなスタンスを逆手に取った木のクロックと
                      は、、、
                      基盤に樫材の板を使い、鋳型整形の真鍮で作られた頑丈な歯車が基

                      盤に差し込まれています。全てのホゾ穴(歯車の軸を差し込む穴)

                      真鍮の薄板を器用に丸めて加工したパイプが基盤に埋め込んであり

                      ます。

                       

                       

                       

                       

                      庶民に広く使われていたのか、ドイツ国内には今でも埃にまみれた

                      ジャンクをよく見かけます。しかし、稼働している時計は国内では

                      ほとんど見かけたことはありません。

                       

                      作られて160年経過しているのに、軸やホゾ穴の磨耗は以外と少

                      ないのは、細い軸の効果と想われ、適切メンテナンスすれば後10

                      0年位稼働するかも知れない。
                      基盤は時方と打ち方がそれぞれブロックになって分解や組み立ての

                      メンテナンスが容易です。

                       

                       

                      歯車は、金型に真鍮流し込んで成型。歯先や軸を工作機械で仕上げ

                      てある。基盤に開けられた全てのホゾ穴には、真鍮の薄板を器用に

                      丸めて加工したパイプを基盤に埋め込んであります。

                       

                       

                      構造や規格は基本的に各社は同じなので、部品流用は少しの加工で

                      可能。

                      基盤やケース・文字盤の接続は、長さ10mmの針金の先を折曲げた

                      ピンを基盤の穴へ硬く差し込こむ、
                      単純な針金フックで止めあり、ナットで止める概念はなかったよう

                      だ。当然、分解組み立ては容易になります。

                      当時は、見てくれは兎も角、動けば良しとし、ケース等の外見に重き

                      を置いていました。

                       

                       

                       

                       

                      構造は、今日に伝わる鳩時計の原型をなし、原動力は鎖引分銅式です

                      が、後に香箱入りゼンマイ式と進化して来ました。数社が販売していた

                      が、同じ規格のマシーンらしく、OEM製品と想われ現代ではジャンク

                      から部品の流用が容易です。


                      当時から既に、メカニック的に観ても完成域に達し、その構造はのち

                      の世界のメーカーに影響を及ぼしました。

                       

                      1860年鎖引分銅式と香箱入りゼンマイ式の構造と駆動画像をご覧ください。

                       

                       

                              15,oct,2017          takumi   ada

                      Calendar
                           12
                      3456789
                      10111213141516
                      17181920212223
                      24252627282930
                      << June 2018 >>
                      Selected Entries
                      Categories
                      Archives
                      Recent Comment
                      Recent Trackback
                      Links
                      Profile
                      Search this site.
                      Others
                      Mobile
                      qrcode
                      Powered by
                      30days Album
                      無料ブログ作成サービス JUGEM